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【(元)副主将ブログ】 Pick Up選手!⑩ 「平松 祐司(走高跳)」

 

筑波大学陸上競技部のWebサイトおよび副主将ブログをご覧のみなさま

(元)男子副主将の川村です。

 

副主将ブログも最後の回です。少しの感慨深さと達成感を感じながら書いております。

この前座コーナーも最後かと思うと、何を書けばいいのかわかりません。笑

がふと、引退してからの生活を考えると、夜遅くまで起き、好きなものを食べ、たまに卒論と就活支援やって、遊び呆けて、、、とやりたい放題している訳です。

では、「今までは陸上に制限されていたのか?」と考えますと、半分正解で半分不正解かなと思います。

これがどういうことかはインタビュー本文の後に説明させていただきますので、ご興味があればお読みいただけると幸いです。

 

ということで、(元)学生役員インタビュー最終回は跳混ブロック走高跳パート4年のこの人。

京都が生んだ英雄、カリスマの化身、(元)陸上部主将!「平松祐司」をPickUpです!

 

主将としてそのカリスマ性と誰からも好かれるキャラで多くの部員に勇気と笑いを与え、部を「女子総合優勝、男子総合3位」に導いた平松。その胸に秘めた葛藤と決意に迫ります!

では、インタビュー本文です!どうぞ!

 

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<プロフィール>

名前:平松 祐司(ひらまつ ゆうじ)

所属:体育専門学群

出身:京都県

専門種目:走高跳

自己ベスト:2m28cm

シーズンベスト:2m15cm

個人ページhttp://athletics.tsukubauniv.jp/?sp_player=%e5%b9%b3%e6%9d%be%e7%a5%90%e5%8f%b8%e3%80%80yuji-hiramatsu

 

 

なぜ跳べないのか

 

川村

 さて最後の副主将ブログは我らが平松さん。よろしく! いいこと言ってな(笑)

 

平松

 まじプレッシャーやん(笑) まあ、頑張るわ!

 

川村

 じゃあ、まず今シーズンの振り返って感想を教えてください!

 

平松

 関カレは膝の痛みもあって、5歩の短助走やけどなんとか2位に入れた。正直納得はできひんかったけど、久々に大きな舞台で戦えたっていう喜びはあったな。

 今年は特に競技に対する向き合い方がわかった。1試合あかんくても落ち込むことなく、一つ一つの原因を考えて、「なぜ今この心身の状態でこれだけしか跳べないのか」をめっちゃ考えたな。

 

川村

 平松がすごい論理的なこと言ってる(笑)

 

平松

 俺も成長してん(笑) やから全カレも結果だけ見たら微妙やけど、ランキング下から数えて2番目から4位まで持って行けたから、ピーキングとか技術を固められたのは評価できる。自分的にはいいきっかけになったなぁって思ってるな。

 

川村

 でも確かに平松の状態はあんまりよくないんやろなぁって思ってたから、全カレでシーズンベスト跳んで入賞した時はなんか、「さすが平松やな」って感動したわ。

 

平松

 今年は1年間通して「身体をどうコントロールするのか」をずっと考えてた。俺バネ強いから、逆にバネに頼りっぱなしの跳躍になってて。それやと一回一回の跳躍でかなりの負担が体にかかるんよな。1番いい動きするためにはそこまで出力出さんくてもいいはずやのに、毎回全力以上の跳躍してたからな(笑) そこのコントロールをすることで体との付き合い方がかなりわかるようになったな。

 

川村

 でも確かに、大1の時は技術もすごいなって思ってたけど、高校の時は空中動作うまくないんやろな。。。って素人ながら思ってたわ。笑

 

跳べない自分と向き合えなかった

 

川村

 そうやって「なぜ跳べないのか」って考えだしたきっかけは?

 

平松

 3年の時に跳べへん日々が続いたのがきっかけかな。跳べへん自分が意味わからんかったな(笑) 完全にはじめまして状態で、その自分と向き合えへんかったんよ。やから「なんで跳べへんのか」を考えたくなくて、膝痛いのを言い訳に持ってきてたなぁ。

 でも、4年ってラストやん。入る前に跳べない自分を受け入れないと、絶対失敗するって思って。そこで「なんで」をもっと追求しないとあかんなって思った。「これだけトレーニングしてるのになんで」じゃなくて、今のトレーニングじゃ足りない部分があるんかなってことに気づけたな。

 

川村

 まあ、高校の時からなんやかんやでずっとそれなりにしっかり成績出してきてたもんな。そこで初めて「できない自分」と直面したら、意味わからんってなるのはすごい分かる。

 

平松

 まあみんな知ってるやろけど、高跳びと向き合えない時期もあったんよな。バー見るのも嫌やったし、競技場行くのも嫌で集合行かん時もあったし。正直「なんで平松来うへんの?」って思われてるのも分かってて、行きたい気持ちはあってんけどやっぱり行かれへんかった。

 けど、跳躍4年に話したときに「お前がそういう状態なら無理しなくていい。向き合えない時に向き合う必要はない」って言ってくれて、そこから少しずつ自分を受け入れられるようになったな。

 

川村

 そういう時期あったな!短距離の中でも、平松やばくね?ってなってたわ。。。やでも、そう考えると今年は「復活の序章」って感じられてほんま良かったわ。

 

無理って決めるのは自分

 

川村

 1年の時の活躍は自分ではどう思ってるん?当たり前って感じ?

 

平松

 いや、1年は200点つけたいくらい(笑) 高3の時から世界陸上は出たいと思ってて、その時の感覚的にも2m22~23cmは跳べる感じしてたから。やから、目標を口に出してでも、やるって決めたことに対する覚悟と自身は持ってて、1つの技術を追求してたな。

 その時は無理やって言われてたけど、無理って決めるのは最終的には自分やと思ってた。ゴールデングランプリでベストタイ(2m20cm)跳んだときに、自分の跳躍がすごい分かってたんよ。今跳び急いだな、とか。自分のことを完全に知り尽くしてた。それでTwitterにもつぶやいて、宣言通り1週間後に28cm跳べたって感じやな。

 

川村

 いや、やっぱすごいな平松(笑) いやでもそれはわかるかも。俺も13”99のレース、走ってて「あ、俺今力んで動き小さくなってる」って思って、大きい動きしようとしたのめっちゃ覚えてるわ。

 

平松

 あの時はな(笑) でも、その出力でやり続けてたから怪我して、何を練習したらいいかわからんくなって。まあ、2年は余韻で20cmくらいは跳べててんけど、リオ五輪の標準まで後1cmやったし、周りの目も変に気負って焦ってしまった。今試合に出ないとあかんって。

 

川村

 そこで自分を見失ったわけやな。唯一分かるのは「違う」ってことだけで、「何が違うのか」「なぜ違うのか」っていうのも分からず、とにかく違うっていうのだけわかる状態はきついよなぁ。。。

 

平松

 追い込まれてたなぁ。しかも、そのタイミングで相談する人がおらんくなってしまった。悪い感覚も良い感覚も共有したいのに、する人がおらんくてそのまま3年なって。自分で考えようとするけど全然わからんくてって感じ。

 

もう迷わない

 

川村

 自分の不調と重なってしまったわけな。そういう意味でも指導者との関係はほんまに大切やな。

 

平松

 ほんまに大切(笑) 競技者の立場に立って一緒に考えてくれる指導者がありがたいな。俺らが今何に悩んでて、何に取り組んでて、どう思っててっていうのを理解してくれた上でアドバイスしてくれると、感覚も共有できるし。一緒にやっていきたい。

 高校の先生には、高2の時から跳躍のことに関しては一切突っ込まれんかったな。「お前のレベルまで行ったらもうわからん。それに対してはもうお前の感覚でやれ」って言って俺を尊重してくれた。でも、放置は絶対なくて、感覚をずっと共有してるうちに、先生からも「今の突っ込んでるから」ってシンプルなアドバイスがもらえるようになって、二人で創り上げていく感じがあったなぁ。

 

川村

 めっちゃいい先生やな。わからんことはわからんって認めて、でもこっちの感覚を尊重して聞いてくれるから、基本的に感覚が崩れることないし、シンプルなアドバイスをもらえる。

 

平松

 そうそう。2人3脚みたいに、失敗したら2人で反省して、成功したら2人で共有して、って同じ目線に立って一緒になって考えてくれると俺はありがたいな。自分っていう一人の選手を観察して理解してくれるのは大きかった。

 

川村

競技者は指導者に目線寄せて、指導者は競技者に目線寄せてくれて、その目線が一致したらうまくいくんかもな。。。

ちなみに、大学2,3,4年は何点くらいなん?

 

平松

 2年は70点、3年は0点、4年で60点くらいやな。正直色々言われると思うんよな。「平松は終わった」とか。俺実は感受性の強いタイプやから結構気にするけど、言われるなら言わせとけって思ってる。でも、俺が復活した時知らんでって感じ(笑) もう迷わへんな。

 

 

 

今年の日本インカレでの平松。主将として今できる最高のパフォーマンスをしてくれました。

 

陸上を極めるだけ極めて、やれるだけやりたい

 

川村

 じゃあ、もう迷わない平松さんの今後の目標は!

 

平松

 「陸上を極めるだけ極めて、やれるだけやりたい」かな。自分の体が若いうちに何回五輪んがあるかって考えたらあと3回くらい。その3回で五輪は当たり前に出て活躍できるレベルになりたいな。

 後は、「誰もやったことないくらいのこと」をやってみせたい。走高跳と三段跳の2当流でやっていって、「あいつ、なんであんな2つとも強いん。意味わからん。」くらいのレベルまで行きたい(笑) 

 これからは自分のためだけにやる陸上やから。あいつやばかったなぁって言われるくらいの陸上人生にしたいな!

 

川村

 おるよなそういう意味わからんレベルの人(笑) でも、確かに平松なら行けそうやなって思うわ。なんでかはわからんけど(笑)

では、大切にしてる価値観を教えてください!

 

平松

 「自分がやりたいことをいかに極められるか」「芯を持つ」ってことかな。人生って自分んが主役やから、そうなれないなら環境変えるし。決して周りのことがどうでもいいってことじゃなく、自分の絶対これだけは曲げたくないって芯を持って、それを極めたい。

 

川村

 俺にないやつやわぁ(笑) 俺もそうやって芯持って生きよ!

 

とにかく楽しんでやる

 

川村

 最後に後輩たちにメッセージある??

 

平松

 「自分を許してあげてほしい」ってことかな。今うまくいってない人には特に。うまくいかないと自分めっちゃ嫌いになるけど、自分許してあげたら一回受け入れられる。そうすると陸上楽しむ余裕も生まれると思うねん。とにかく楽しんでほしいな!

 後は、みんなには後輩にもっと話を聞いてあげる先輩になってほしいな。例えば、寝坊したやつに対して、気を付けろよって言うだけじゃなく、なんで寝坊するんかって理由を聞いてあげるのが上級生の役目やと思う。それだけできれば俺らを気にせず好きにやってほしい!今の後輩たちは俺らの代より絶対もっといけるねんから。

 俺らの代は、インカレに出る出ないではなくて、チームに対して自分には何ができるのかを考えられる代やったから。後輩たちにも自分が置かれた立場で何ができるのかをしっかり考えてやってほしいな。それが変われば質が変わる。後は、最近弱いって言われる跳躍ブロックを後輩たちに変えてほしいな!

 

川村

 平松さんにこう言われたら頑張るしかないな後輩たちは(笑)

 今日はありがとう!まじで頑張ってほしい!東京五輪見に行くからな!

 

平松

 任せとけ!

 

 

 

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いかがだったでしょうか。

僕と平松の初めての出会いは高1の冬にNTCでの合宿でした。当時から平松は自分に自信を持って有言実行するすごいやつで、大1で2m28cmを跳んだ関東インカレの光景は今でも鮮明に思い出せます。会場中の視線が平松に注がれ、一回一回の手拍子の音が花火みたいに響いて、28cmを成功した瞬間には全身がありえないほどの鳥肌を立てていました。「これが平松祐司か。」その衝撃は忘れられません。

2020年、新国立競技場で、会場中の視線と期待を一身に集め、跳躍する平松の姿が待ち遠しいです!「世界よ、これが平松祐司だ。」という感じでしょうか。笑

 

さて、冒頭の「陸上競技に制限されていたのか?」というお話ですが、どういうことかといいますと。

僕は中高時代は、「やりたい」と思って努力をしていたわけです。やりたいと思って階段ダッシュをし、公園で懸垂をし、生活リズムを整えてました。すべては早く走りたいから。大会で勝ちたいから。しかし、うまくいかないことが続くと「やりたい」が「やらなきゃいけない」に変わります。そこからはひどいもんです。やらなきゃとプレッシャーをかけるようになります。それでも結果が出れば救われます。しかし、結果が出ないと今の自分を見失い、まるで機械のように淡々と毎日プレッシャーをかけられながら、正確に言うと自分にかけながらやるようになります。

でも、本当は「やりたい」ことなんです。勝たなきゃいけないわけでもない。練習しなきゃいけないわけでもない。自分の精神が弱いわけでもない。「そんなこと言ってるから、勝てないんだ」それはわかってます。でも、できないときはできないから。それが悪いことではないから。弱い自分を受け入れその上で自分がどうしたいか。本当にやりたいことなのかどうか。

「やりたいこと」まで戻ると変わります。建設的な考え方ができるようになります。初心者のときのように一歩一歩進むようになります。少しずつ心身の状態が良くなります。それが喜びになって「やりたくて」創意工夫をします。それがスポーツです。というか生きる上で大切なことだと思います。

我慢する力はもちろん必要です。が、それ以上にやりたいことを追求する力の方が大切です。だと僕は4年間で思いました。

と最後は感情爆発の圧倒的個人の意見ですが、最後に伝えたいことを書かせていただきました。長くなってしまいごめんなさい。

 

今回の平松のインタビューを期に副主将ブログは終了のつもりです。

今までインタビューに応じてくれた10人の選手をはじめ、毎回読んでいただいていた方々、僕に関わってくれたすべての方々へ心から感謝いたします。

筑波大学陸上競技部の益々のご活躍を祈ってます!

 

ありがとうございました。

 

男子副主将 川村直也